明治時代の西洋建築に採用された「なまこ壁」

江戸時代の面影の残る街並みによく見られる、なまこ壁。瓦を並べた隙間に漆喰を半円状に盛った、装飾性が高いうえに防火機能を備えた漆喰壁です。

このなまこ壁、なんと時代が徳川幕府から明治政府に移行する時期に、文明開化を象徴する建築にも採用されていました!

 

明治初期に建てられた西洋風の建築といえば、このような建物を想像されるかと思います。

明治時代に本格的な西洋建築の教育が始まりますが、それと同時に日本の伝統的な建築が見直され、日本のアイデンティティを残しつつ西洋化する「和魂洋才」の建物が各地で建てられました。それらは、今日では“擬洋風建築”と呼ばれています。その頃の日本の大工さん達は、当然のことながら本物の洋館など見たことがないため、まったく知識がないところから図面を頼りにその建築を再現していったのです。

 

現存する「和魂洋才」の“擬洋風建築”

ここで、“擬洋風建築”を代表する二つの建物をご紹介します。どちらもなまこ壁を取り入れています。

まず、文明開化時代を代表する建物であり、日本最古の小学校である松本開智学校です。この建物は2019年に国宝に指定されています。拡大して見ていただくと、開智学校という文字の横には天使がいます!学校らしい凛とした佇まいの中にもデザインの自由さが感じられます。

 

次に、こちらも直線的な印象の「新潟運上所(旧新潟税関庁舎)」です。幕末に開港された五港の中、当時の姿のまま現存する唯一の建物ということで、1969年に国の文化財に指定されています。この建物では100年間、税関業務が行われました。

西洋というよりは、どこかオリエンタルな雰囲気がありますね。この建物にはモデルがあります。現存していませんが、最初の擬洋風建築といわれる築地ホテル館の特徴を受け継いでおり、こちらもなまこ壁が印象的な建物だったようです。

 

日本の近代化が進んだ変化の激しい時代に、日本の建築の象徴としてなまこ壁が積極的に取り入れられてきたことがわかりました。それと同様に、今も昔と同じ工法で、たくさんの神社仏閣や公共の建造物で漆喰が使用されています。時代が変わり、数多くの建築材料が日々生まれていますが、それでもなお、次世代に日本の文化の象徴として受け継がれている漆喰。我々も、歴史ある伝統の良さを残すとともに、常にその時代に求められるニーズに合った形でご提供できるよう、これからも邁進してまいります。

 

(参考文献:実況近代建築史講義 中谷礼仁著)

(参考HP:ウィキペディア・新潟市HP)

[執筆:スタッフF]